2005年5月号(Vol.46)掲載 (2023年5月9日リニューアル掲載)

壁と僕とベルリンと
第39回 行儀の悪い?電車
松浦 孝久

 東西ベルリンの境界線に沿って走る電車がある。Sバーン2号線だ。ベルリンを南北に走っているのだが、実はとんでもなく危なっかしい路線なのだ。というのは、境界線沿いに走るうちに微妙に東ベルリン側にはみ出したり、それどころか東ベルリンの地下を潜って走ったりするからだ。壁沿いに北の方から歩いていくと、この2号線に出会う。しばらくは大人しく壁に沿って西ベルリン側を走っている。しかし、その後、地図の上ではわずかだが境界線を越えて東側に入り込む。そして「ヴォランク通り駅」まで来ると、駅そのものが東ベルリンに位置することになっている。

手前に壁があり、向こう側にも壁があるのがお分かりだろうか。
ここは幅20-30メートルの細さで西ベルリン内に角(つの)のように突き出した東ベルリンの飛び地なのだ。
2枚の壁の間に未舗装の道が一本あって(長さ約500メートル)、両側に家が並んでいる。

その細長い飛び地に入るための検問所。国境警備隊の詰め所、遮断機があり、兵士が見張っている。
壁と西ベルリンがとても近くなる所なので東独も厳重に警備する。
赤いジャンパーを着た女性は住人だろうか、「ここ通るわよ」って感じで通行しようとしている。

壁を越えようとして犠牲になった女性を悼む十字架。生前の写真が貼られている。
銃撃され死亡しても、西ベルリン側で遺体を回収できれば身元が判明することもある。
しかし、東側で死亡した状態になると、東ドイツが遺体を回収するので身元が分からないことが多い。

工場の塀が境界線上にあり、「壁」の役割を果たしている。高さ4メートルくらいだろうか。
塀の上には有刺鉄線が張られていて、向こうの方には監視塔も見える。

工場建物の上の方には電線が張り巡らされている。
西ベルリンへ逃亡しようとする者が触れると警報が鳴るようになっていると見られる。

工場の窓には亡命阻止のため鉄格子が取り付けられている。
さらに鉄格子の下には、目の細かい金網まで貼り付けられている。そのうちの一つの窓には、鳥の巣箱があった。


「駅の出入り口はどうなってるんだ? 駅が東ベルリンにあるっていうことは、東側の人しか乗り降りできないのか? でもこの路線は殆どの部分が西ベルリンを走ってるんだから、利用できるのは西側の市民じゃないのか…。」
 地図を見ていると、いろんな疑問が浮かんでくる。
  駅へ着いてみると、外観は普通だ。気になる壁は駅の向こう側にあって、駅の出入り口は西ベルリン側にしかない。東ベルリン側に向いた出入り口はコンクリートや石材で厳重に封鎖されている。というわけで、地図上では東ベルリンに属するこの駅は、西側にいる人しか使えないという奇妙な状況だ。まあ西側にいれば何も意識せずに電車を利用できるので、その限りでは問題はない。しかし、そこには一筋縄では済まない事情があったのだ。

壁の向こうの東ベルリン側はアパートが並んでいる。
こちら側は、週末などを過ごすための休暇用の小屋(あるいは別荘)が並んでいる。

馬に乗って境界線沿いを進む子供たち。
左側の女の子は、カメラに気づいて左手を上げてピースサインをしようとしている。
せっかくならピースしているところを、ちゃんと撮ってあげればよかった。

無人地帯の土を帯状にならす作業員。そこを誰かが歩いたら足跡を見つけやすくするためだ。
こうした仕事をする人物は真っ黒な作業服を着ている。
逆に壁の裏は白く塗られているので、万一、逃げようとしても動きを把握しやすいのだ。

「はぁ~疲れた、ちょっと休もう」という感じで、石の上に腰掛ける作業員。
彼らはいわゆる警備兵とは違う。一説には兵役を務める代わりに、こうした作業員としての仕事につくケースもあるという。

Sバーン2号線「ヴォランク通り駅」。左手が駅。その敷地は東ベルリンだ。
この電車は右方向、つまりベルリン南部へ進み、やがて東ベルリンの「フリードリッヒ通り駅」に至る。


 駅に入り階段を上りホームへ出てみる。ホームにあるものと言えば、駅名を表示した看板、その他には路線図などの案内、時刻表なんかだ。それらを見てみると、ややっ、様子が違う! 見慣れてる看板や案内図とスタイルが違う。文字の書体や色づかいが普段みる他のSバーン駅にあるのとぜんぜん違う。よく見ると、この駅にあるのは東ベルリンを走っている電車のホームにあるのと同じじゃないか。

ヴォランク通り駅のホーム。北部へ向かう電車が到着したところ。
駅の向こうに並ぶアパート群は東ベルリン。監視塔がアパートにへばりつくようにして立っているのが見える。

ヴォランク通り駅の駅名表示板。この書体は東ベルリンを走るSバーンの様式だ。
西ベルリンのに見慣れている目には違和感がある。そのせいか、どことなく緊張感が漂う駅だ。

ヴォランク通り駅のホームにある東独国鉄の情報を表示する案内板。
その右手にあるオレンジ色の物体は切符の販売機だ。
なんでも東側のスタイルにする割には、この自販機で使える通貨は西ドイツのマルクだ。


 こういうことだった。
 この2号線は西ベルリンの交通公社が運営しているが、しかし駅が東側に位置するため、駅の施設は東ベルリン側のスタイルにする――。  どうやらこんな取り決めが東独との間にあるらしい。  駅名表示の仕方のほか、案内板には東ドイツ国鉄の情報が掲載されている。それだけではない。駅員が着ている制服も東側のものだ。いかめしい軍服みたいな時代遅れのデザインだ。さらに、ホームの端には東ドイツ国営航空「インターフルーク」の宣伝看板まで立っている。

「ドイチェ・ライヒスバーン」と書かれている。
帝国鉄道、という意味なのだが、なぜかこれが東ドイツの国鉄を示す名前である。

ホームの端。立入り禁止の標識の先には東独国営航空「インターフルーク」の広告がある。
西ベルリンの交通公社が、なるべく乗客に見せないようにしているようだ。

ホームから東ベルリン側の街並みを見たところ。道端に警察官が立っている。
駅を越えて西ベルリンに亡命しようとする者がいないか見張っているのだろう。


 確かにスタイルこそ東側の仕様を踏襲しているが、運営する西側も黙ってはいない。ホーム中ほどの詰め所にいる駅員は、他の駅なら電車が到着・出発する時には安全確認のために出てくるのだが、この駅では駅員は外に出ない。詰め所の中にいるままで安全確認をしている。またインターフルークの宣伝看板はホームの端にあり、そこは立入り禁止にしてある。なるべく東側のものを乗客に見せないように、西ベルリン側も頑張ってるんだなぁと思う。まさに東西ベルリンの意地の張り合いが見て取れる。


 この2号線は、この先、いったん西ベルリンに戻るが2.5キロほどで再び東側に入る。そしてそのまま地下に潜り、東ベルリンの中心地であるフリードリッヒ通り駅に到達する。この駅は東ベルリンへ行くための検問所があることで知られており、外国人観光客もよく利用している。我々にとっては検問所を通って向こう側に行かない限り、ここは西ベルリンにいるのと同じことだ。さらにこの駅には2号線のほか、西ベルリンから来るSバーン1号線、3号線、地下鉄6号線も通っており、相互に乗り換えることも可能だ。乗り換えはもちろん西側市民にしかできない。東ベルリン内であるにも関わらず、検問所のこちら側には西側の世界が展開する、実に変な空間だ。西側、東側の人々が混ざらないように、乗り換え通路やホームは巧妙に、かつ厳重に仕切られている。こんな駅だが、ホームにある自販機の切符は西側のマルクで買うようになっている。さらにキオスクや酒・タバコなどを免税で売るインターショップと呼ばれる売店での支払いも当然のように西の通貨だ。西側市民に便宜をちょっと図ってやることで、少しでも外貨を稼ぎたい、そんな東ドイツの思惑もみえみえだ。
 それならインターショップで免税品を買い込んで西ベルリンへ戻ればいいね、と思うが、電車が西ベルリンに入った最初の駅で、税関職員が持ち物検査のため電車に乗り込んでくることもある。やっぱり東西ベルリン、どこまでもライバルだ。

ボルンホルム通り検問所前からSバーン2号線を見る。
電車は手前に向かって走っており、ここを過ぎると、やがて東ベルリンへ入りフリードリッヒ通り駅に行く。

この区間ではSバーン2号線と東ベルリンのSバーンが並走している。
そこで電車を飛び移って亡命することを防ぐため、国境警備隊の監視小屋が、双方の線路の間に置かれている。
よく見ると、向こう側にも同じ監視小屋があるのが分かる。

ボルンホルム通り検問所の入り口。橋の下にはSバーン2号線や東ベルリン側のSバーンが走っている。

ボルンホルム通り検問所前での別れの風景。
こちらを向いて手を振っている女性は、おそらく東ベルリン在住で、
西ベルリンに住む親族(写真左手にいる女性ら)を訪ねた帰りではないかと思われる。

ボルンホルム通り検問所手前を走るSバーン2号線。
ここには駅があるのだが、閉鎖されているため駅舎は荒れ果てている。
向こう側にある高い壁の裏側を東ベルリンのSバーンが走っている。

Sバーン2号線・フンボルトハイン駅。
駅前の看板には「注意! フンボルトハイン駅は、フリードリッヒ通り駅方面へ向かって西側地区最後の駅」と記されている。
電車はこの駅を出ると東ベルリンに入っていくので、注意を促しているのだ。

Sバーン2号線のフンボルトハイン駅近く。電車はあの鉄橋を越すと東ベルリンに入り、すぐ地下に潜る。
やがて東ベルリンの中心的な駅であるフリードリッヒ通り駅に至る。

Sバーン2号線の電車が東ベルリンのフリードリッヒ通り駅の方向へ入っていくところ(右の方向)。

 

 執筆/画像提供  松浦 孝久
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