2004年9月号(Vol.39)掲載 (2021年11月25日リニューアル掲載)

壁と僕とベルリンと
第33回 警官とジャンケン!?
松浦 孝久

 ベルリンの最南西部、運河沿いに進むと川幅が急に広くなる。ここからは運河ではなくグリープニッツ湖だ。湖とはいうものの、広い部分でも対岸まで200メートルくらいだろうか。「太い川」と言ってもよさそうだ。もちろん向こう岸は東ドイツ。ポツダムだ。第2次大戦末期の1945年7月、連合国が日本に対し降伏を迫った「ポツダム宣言」が発せられた場所だ。当時、連合国首脳が集い宣言を練った「ツィツィリエンホフ」と呼ばれる屋敷(城館)は、今でも歴史上の資料館として保存され、観光用に一般開放されている。

運河が広がってグリープニッツ湖になる。対岸が肉眼でも十分に見える距離だ。
ボート競技のチームが練習している。選手達も東側の警備の様子が気になるのか、対岸の監視塔や金網を見ている。

ポツダム市内の「ツィツィリエンホフ」。
大戦末期に連合国首脳が集まり、日本に無条件降伏を迫るポツダム宣言を協議した城館。
ちなみに内部は撮影禁止となっている。


 さて、この湖だが、中心付近が境界線になっている。周辺はリゾート気分が存分に漂う高級住宅地でもあるため、モーターボートやヨットで湖に繰り出す人が多い。こういう人たちに注意を促すため、岸辺には「湖中央に境界線あり」との警告が記された看板がたくさん立てられている。しかし、こんな看板を見るより前に、東独の警備艇が向こう側を頻繁に行き来しているので、〝危険な場所〟であることは嫌でも気づく。そのうえ境界線付近には、黒・赤・黄色のドイツ色に塗られた上に東独のシンボルマークが付いたブイも浮かんでいる。これを越えようという勇気のある人はいないだろう。

「境界線は湖の中央にあり」と、英語とドイツ語で記された警告板。

湖に浮かぶ東独側のブイ。対岸には大型の監視塔があり、2人の兵士が警戒にあたっている。
監視塔の背後にはポツダムの街が広がっており、建物が見える。

西ベルリン側にはプレジャーボート。向こう側には東独国境警備隊の警備艇。
こんな雰囲気の中でボート遊びをしても、とてもリゾート気分満喫とはいかないだろう。

旧式の監視塔の後ろに大きな建物がある。庭に子供がたくさん見えることから、この建物はもしかしたら学校かもしれない。
境界線の真裏に小学校を作るという神経が信じられない。どんな教育をするのか。

水上に立てられた警告板。
「境界線は水上の中央。左側通行」
とドイツ語で書かれている。向こうに見える船は東独国境警備隊の警備艇。


 向こう側には東独国境警備隊のボートが警戒しているのだが、ちょっと感じの違う警備艇が通り過ぎた。よく見ると警備隊のボートがグレー一色なのに対し、この警備艇は基本色はグレーなんだけれど、一部がベージュや緑色に塗装されている。しかも、船室がやや広めで、船体上部にはレーダーとみられるバーが取り付けられていて、くるくる回転している。カメラの望遠レンズを使って窓越しに船内を覗くと、乗員の服装も一般の警備兵と違って、軍服っぽくない。軍服じゃないどころか、ブルーのYシャツにネクタイまでしてるようだ。船体のマークを見て合点がいった。人民警察の警備艇だ。国境警備隊じゃなく警察なのだ。

東独のブイの向こう側をゆっくりと進む人民警察の警備艇。
船体の大きさやレーダー装備などからして、国境警備隊のボートより高級であることは間違いない。

戦前に建てられたと思われる建物。用途は不明だが、立派な作りだ。
手前には黒い作業服を着た作業員と、その後ろに2人の警備兵が歩く姿が見える。

どうやら作業員は木の伐採をしているようだ。
境界地帯での仕事のため、作業員が西ベルリン側に逃亡しないよう、自動小銃で武装した警備兵が2人がかりで監視しているのだ。

 監視される東独の一般市民からすれば、国境警備隊も警察も「当局」であることに変わりはないので、区別なんか関係ないかもしれない。しかし壁を見続けている僕にとっては意外な光景だ。「警察も境界ぎりぎりのところを直接警備するのかー」というのが感想。さらに「レーダーまで装備した船とはぜいたくな」とか、「国境警備隊と警察との間には、この湖での役割分担とか縄張りとかあるのだろうか…」といった、どうでもいいようなマニアックな文句や疑問まで浮かんでくる。


 その警察の〝高級〟警備艇だが、さっきは湖の右手から左手に進んで行ったが、どうやら同じボートが湖の端まで行って戻ってきたようだ。中に乗ってる警官の写真でも撮ってやろうとカメラを構えると…。おっ、向こうも双眼鏡で見てる。僕が望遠レンズで写真を撮ろうとしているのを察した彼は、双眼鏡を目から離し、右手で拳骨(げんこつ)を握り、こちらに見せつけている。一見、ガッツポーズのようでもあるし、ジャンケンでグーを出しているようにも見える。が、これは間違いなく僕に対する敵意だ。言葉にしてみれば「写真なんか撮りやがって。このヤロー、ふざけるな」ってところか。このように僕の挑発に向こうがまんまと乗ってくれれば大成功。怒った表情を見せてくれれば思うツボだ。ありがたくシャッターを押させてもらった。

先ほど通り過ぎた人民警察の警備艇が戻ってきた。こちらに向かって座っている警官は右手で拳(こぶし)を作って僕を威嚇している。
写真左手に見えるマークが人民警察のシンボルだ。

東独側にしゃれた洋館が立ち並んでいる。戦前の金持ちが建てたものだろうが、社会主義下ではどんな人が使っているのだろうか。
保養施設だとしても、目の前に監視塔があっては落ち着かないだろう。

もやに霞む監視塔と大きな建物。風もなく、静かな水面に監視塔と建物が映り込んでいて、風景としては風情が感じられる。

前方に見える橋は対岸とこちら側を結ぶもの。
橋の右手に見える建物は、実は西ベルリンに食い込んだ東独の飛び地で、この橋により東独と結ばれているのだ。

西ベルリンの終点を示す標識。この背後の一帯が、西ベルリンに張り出した東独の飛び地になっている。
 この壁は本来のベルリンの壁ではなく、もともとあった屋敷の塀を壁として流用している。

 

 執筆/画像提供  松浦 孝久
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