2003年6月号(Vol.27)掲載 (2020年10月23日リニューアル掲載)

壁と僕とベルリンと
第24回 壁に耳あり便器あり!
松浦 孝久

 この辺から先は、壁の向こうが東ベルリンではなく東ドイツになる。さっそく検問所がある。ヴァルタースドルフ通り検問所だ。一見、田舎の検問所だが、実は西ベルリン市民や西ベルリンを訪れる旅行者らにとっても縁があったりする。というのは、ここは東ドイツのメーンの空港であるシェーネフェルト空港へ行くためのルートになっているからだ。越境に厳しい東ドイツだけあって、シェーネフェルト空港に行くには制約が多い。原則的に指定されたバスを使うことになっている。西ベルリン中心部にあるテレビ塔近くのバスターミナルから出るバスに乗ると、市内はノンストップのままこの検問所から東ドイツに入る。

ヴァルタースドルフ通り検問所入り口。左下の路面にひかれた白線が西ベルリンと東ドイツとの境界線だ。


 壁を越え東ドイツに入ったところで一度バスは停車、1人の警備兵が乗り込んで来る。乗客の間に緊張感が走る。警備兵は「武器や麻薬の持ち込みは禁止されています」などと物騒なことを言いながら、乗客のパスポートをチェック。そのままバスは空港へと進む。逆に、モスクワなど他国からシェーネフェルト空港に空路到着した西側の市民は、目的地が東ドイツや東ベルリンでない限り、自動的に西ベルリン行きのバスに乗せられるという。

シェーネフェルト空港へ向かう専用バス。今まさに境界線を越えて東ドイツへ入った瞬間。

壁際でよく見かける看板。この向こう側は東ドイツだ。左奥には赤い屋根の一般民家も見える。

東ドイツ側の検問所入り口部分。信号機や遮断機で交通をコントロールしている。

東ドイツ側検問所の全景。市街地の検問所と比べると、やはり閑散とした感じがする。


 空港と西ベルリンを往復するバスのほか、この検問所では一般の車や歩行者の通行も時々見られる。市街地ほどではないが、壁の両側には住宅地も広がっているため人の行き来もあるということなのだろうが、見ていると検問所を通過するのはほとんどが高齢者だ。東ドイツでは、亡命の恐れがあるとして、西側に行くことが許されるのは退職した高齢者ばかりだ。労働力として役に立っている間は国内に閉じ込めておき、用が済んだらポイ捨て…。
「これが民主国家を標榜する東ドイツのやり方だな」。
壁を見続けている僕は、もはや全然驚かなくなっている。

東ドイツ側から西ベルリンへ向かう女性。西側に自由に入れるのは原則的に高齢者だけ。おそらく親族や友人を訪ねるのだろう。

東ドイツ・シェーネフェルト空港から西ベルリンへ入ってきた専用バス(右側の青いバス)。市内のバスターミナルへと向かう。

西ベルリン側の検問施設。その向こうに東ドイツの検問所がある。
写真左の歩道上には、東ドイツからの来客を待ち構える人たちの姿が見える。

こちらは東ドイツから西ベルリンへ入ってきた一般の車。検問施設で西ベルリン警察のチェックを受ける。


 検問所から再び白い壁伝いに歩き始める。すると普通は、散歩する人、自転車に乗る人、ジョギングする人なんかとすれ違うのだが、ここに限っては、さらに馬に乗っている人をたくさん見かける。近くに乗馬学校があるためだが、子供も含め若い人が馬でトコトコと壁際を歩いている姿が目立つ。こんなところで疾駆してる人こそいないけど、なかなかカッコいい。考え過ぎかもしれないけれど、畑に定住する農耕民族の血をひく日本人である僕から見ると、野原を駆け回る騎馬民族を祖先に持つドイツ人が、ちょっとうらやましく思えたりして…。

壁際を馬でいく。

西ベルリン警察の車両も壁際をよくパトロールしている。

馬に乗るとけっこうな高さになるはずなのだが、壁はそれよりもずっと背が高い。

歩哨に立つ警備兵。警備の手薄さを補うため、この付近では軍用犬も投入されている。
犬が警備兵の横にちょこんと座っているのが面白い。

無人地帯を照らすための大型のライトが地上に設置されている珍しい例。その横には軍用犬がいる。
写真では見えないが、犬はワイヤーにつながれていて、自由に動けるわけではない。

軍用犬の頭をなでる警備兵。犬も慣れているのか、おとなしく座っている。
微笑ましい光景だが、もし亡命者が出た場合、この犬は飛びかかったり吠えたりするのか疑問だ。


 馬が多くて馬の落とし物もあるから、というわけではないが、それにしても壁際には様々な物が捨てられていて汚い。空き瓶とかいった当たり前のゴミばかりではない。驚くなかれ。中には陶製の白い便器まで捨てられている。「こんなもの一体だれが持ってくるんだよ!」。呆れながら歩いていると、今度は便器のフタの部分がご丁寧に壁際に捨てられている。「中身がないだけマシか?」

出た! 壁際の便器。捨てるにしても、わざわざ持って来るだけで大仕事だと思うのだが。

そしてこれが便器のフタ。しかし、これが先ほどの便器のフタとは限らない。
まったく別の便器用のフタかもしれない(どうでもいいことだが…)。


 重機の音に気づき、ふと前方を見ると異様な風景が展開されつつあることに気づいた。目を疑ったが事実だ。驚きと興奮で僕の頭の中は真っ白になった。すぐそこで、目の前で、コンクリートの壁が……。「ベルリンの壁」が今まさに建設されている。東ドイツの国境警備隊が、古くなった金網を取り壊して壁に作り変えている。その作業が、ここで行われているのだ。もう便器のことなんかどうでもよくなっていた。(続く)

 

 執筆/画像提供  松浦 孝久
BN789へご感想